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2006年6月19日 (月)

学校公演

学校公演と一口に言っても色々。予算が数万円しかないところもあれば、100万円までOKという大盤振る舞いなところもある。会場も教室や体育館から音楽ホール貸切まで。主催も学校そのものの場合やPTAの場合もあるし、行政(多くは教育委員会)が絡む場合もある。形式も1日音楽の先生みたいなものから、レクチャー、純然たるコンサートまで様々。

事前の企画や打ち合わせで話をするのはその学校の音楽の先生なことが多いのだが...、いつも思うのは、内容を一任されている肝心の音楽の先生が邦楽(雅楽)のことをあまりに知らなさ過ぎる。勉強不足と言った方が良いかな? 「私も雅楽は初めてなので...」「雅楽で校歌の伴奏とかできますか?」。おぃおぃ...こちらも顔は営業スマイルだが、内心は“・・・”。仮にも企画して教える立場なんだから、少しくらいは予備知識を勉強しておいてよ!と思う。公演当日は良いとして、事前・事後のフォローはどうしているのかいつも不安になる。わからない人がわからないまま子供達に“先生”として教えることほど怖いものはない。先生自身が興味を持ってくれないと子供達に面白さは伝わらないと思う。もちろん、すごく興味を持って熱心に勉強している先生もいるけどね。

公演を請け負う側にも問題はある。画一的に色々な種類の演奏を並べただけだったり、本来の使いどころではない曲に無理やり楽器をはめ込んで説明したり(良くあるのは雅楽器の入る箏曲(宮城曲)を演奏して雅楽の説明をするパターン)。外の世界の人はわからないと思うけれど、一般の邦楽と雅楽というのは実はあまり接点がない。言い換えれば、箏・三味線・尺八に詳しくても、雅楽のことはあまり知らない人は多い。が、邦楽全般の学校公演の場合、往々にしてそういう人達が仕切って説明することが多いので『間違いではないけど違う!』という内容も多かったりする。そして、俺らが聞いてもつまらない“千数百年続く伝統芸能”としてのお決り文句。

雅楽なんて平安時代のかっこいいアジアン・ポップス。公達の間では“やっぱモテるには雅楽じゃねぇか?”なんて会話もあっただろう。狂言は言わば室町時代の吉本新喜劇、能に至ってはきっと当時としては“えーっ!”てな前衛舞踊。今の姿ではなく、往時にどういう芸能であったか?という視点で解説した方が面白いと思う。

さらに問題なのは...素人に毛が生えた程度の地元の演奏家を起用する場合。子供達との交流企画としては良いと思うが、少なくとも授業や学習の一環として行う公演であれば、多少の予算はかかっても然るべきレベルの人達を起用するべきだと思う。ここら辺は企画する側の知識と聴く耳(見る目)を養って欲しいと常々思う。

渋谷公会堂、日本青年館、etc...。笙ではなく、スタンディングオベーションの中をギター抱えてステージに上がるはずだった場所なんだが...

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