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2007年8月13日 (月)

作詞

たま~に「作詞」などという小っ恥ずかしいこともするのだが、ホント、難しい。まず自分のボキャブラリーの無さを痛感し、詩的構成力の無さを実感する。

イメージがあって、それを「言葉」としてそれを伝える手段は色々ある。小説・脚本・詩・弁論・歌詞・etc...。しかしこれらは似て非なるもので、どれかが出来るからと他が出来るものじゃない。自分で言うのも何だが、校正能力やマニュアルのような説明(解説)文章能力は比較的あると評価を貰っている。が、作詞となると自暴自棄になりそうなほど言葉が見つからないのだ。もっとも、こういうのは作詞に限ったことじゃなく、作曲でも何でも同じことなのだが...

作詞のコミュニティーのようなサイトが色々あるので眺めてみればわかると思う。綺麗な言葉と感情を喚起するような言葉が並んでいるだけで、何も入ってこない歌詞はゴマンとある。いや、ヒット曲の歌詞ですら、歌詞単体で見ると“なんじゃこりゃ?”なのは多い。そして、自分の書いた歌詞がそれと同類だと気付くことのショックはかなりデカイ!

作詞の主体(主人公)が自分や自分を含めた一般ならばまだ良いのだが、明確に他人が主体の作詞となると視点が定まらなくて、出来た!と思った歌詞も一夜たって眺めてみると、誰が何を言いたいのかわからないセンテンスが並んでいる。

唯一、他人が主体でもセンテンスがまとまりやすいのは、主体となる人物が恋人とか好きな人とかの惚れた相手の場合。これは自分を相手に同化させやすいからかな?(勝手に同化させた、相手の皮を被った自分でしかないことも多々あるが?!) そうじゃない場合はホントに大変なのだ。

そう考えると、作詞家というのは役者のようなものなのかな? その時々によって、様々な主体の視点というか感性で言葉を考えられるということだろうか?

いずれにせよ、しばらくは悶々としそうだな (@@)

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コメント

そう言えばあの詩考えてる~?

■私はさかな >

しばしお待ち下されね。

作詞ですか。
私には無理ですね。
文章を書く事が苦手なもので...。
最近は本を読むといいという事なので、本をよく読んでいます。

■リョウさん >

私も本という物にはまったく縁がないです。いや、なかったです。

でもどうなんだろ? 本を良く読む人ことと文章が上手いってことの相関性はかな~り疑問です。確かに上手い人は色んな事を良く知ってるのは事実ですけどね。

あー、道具を良く知ってる人と、滑りの上手い人の違いみたいなもんですね。

作詞も作曲も、何かの拍子にフレーズが連鎖してポンポン!と出来ちゃうときがあって、あれは面白い。

ハチャメチャなセットを何かの拍子にスッとクリアできるのに近い感覚かも? ...って、ゲートでそんな経験したことないけど (;;)

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