“さいなら”
水曜日の早朝、祖母が旅立った。享年97歳、大往生である。
幼少の頃から芸に秀でた“超べっぴんさん”だったらしく、「天才少女」の名をほしいままにし、花柳流の日本舞踊家として一時代を気付いた。常に華やかなスポットライトの下に居た芸能家だった。
それ故に表に出せない武勇伝(?)も数多く、弟子にも超厳しい人だったと聞く。
とは言え、俺にとっては色んなところに連れて行ってくれるし(ほとんどは近畿や山陰各地の検番/お稽古場)、お小遣いも気前良くくれる良いお婆ちゃんだった。もっとも、超俺贔屓なお婆ちゃんではあったのだが
俺が小学生のころは曾祖母も存命だったので、それぞれ“おっこい婆ちゃん”、“ちっちゃい婆ちゃん”と呼んでいた。
俺が大人になったあるとき、お婆ちゃんは自分が舞台に出ることも教えることもスパッとやめた。理由を聞くと「もう自分が頭で思てるように体が動かへんさかいなぁ...」とあっさり言ったことに、プロのプライドを感じたことがある。もちろん、普通に見れば何の問題もなく“舞える”にもかかわらずだ...
97歳だから、亡くなったことそのものには悲しいというより、97年も(好きなように)生き切って逝ったのだから、むしろ“おめでとう!”な感じすらしていた。
が、遠い親戚の叔母さんが通夜に来て帰るとき、棺の窓を開いてお婆ちゃんに向かって「これでもう最後やな、さいなら...」と声を掛けた。久しぶりに聞くこの『さいなら』にホロっときてしまった
「さいなら」、大阪とか京都でしか使わない言葉かな? 標準語だと「さよなら」。
でも「さいなら」と「さよなら」はそこに込められているものが全然違う。「さいなら」には、「さよなら」よりもっと親愛さというか情愛がこもっている気がするんだな。
いわゆる「方言」に対して地元の人だけが共有するニュアンスなんかな? 大阪弁という意味ではなく、それぞれの地方にある「地元の人にしかわからないかも知れない」ニュアンスの言葉ってやっぱり良いと思うし、大切にして欲しいなと思う。
棺には「舞扇」と大好物だった「うなぎ」を納めた。
ちっちゃい婆ちゃん、長いことおーきに。
ほなね、さいなら...
« 繁盛店に思ふ... | トップページ | 元祖オーディオマニア »
コメント
この記事へのコメントは終了しました。
ご愁傷様です。
あー。
「さいなら」に泣けた。・゚・(><)・゚・。
おばあちゃん、可愛い孫がおってきっといい人生やったね。
投稿: まるる | 2012年11月16日 (金) 09時54分
いい話でした。
ありがとうござました。
投稿: 香登 みのる | 2012年11月18日 (日) 12時50分